東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻
新4年生の方へ(岡本・貴田研究室の卒業論文について)
電子間のクーロン相互作用がその電子状態を支配する強相関電子系や、電子の運動が一次元あるいは二次元に閉じ込められる低次元電子系は、光だけを使った超高速スイッチや、光照射による高速電子相変化など、通常の半導体では実現できない新奇なフォトニクス機能を発現する可能性を秘めています。
岡本・貴田研究室では、様々な強相関電子系物質や低次元物質 (遷移金属酸化物、遷移金属錯体、有機分子性結晶、カーボンナノチューブ、等)に対し、紫外からテラヘルツ領域に渡る最先端のレーザー分光法を適用し、強い電子相関や電子構造の低次元性に起因する新しいフォトニクス機能の開拓とその物理的機構の解明を行っています。
「光誘起相転移の超高速ダイナミクスの研究」
物質に光を照射することにより物質の電子構造や物性ががらりと変化する現象は“光誘起相転移”と呼ばれており、固体物性のトピックス、特に非平衡物理学の新しいパラダイムとして、また、次世代の高速光スイッチやメモリの動作原理として、活発な研究が行われている。電子間に強い相互作用が働く強相関電子系と呼ばれる物質群では、光照射によって生じた電子励起や光キャリアが強い電子間相互作用を通じてまわりの電子(スピン)系を瞬時に変化させることにより、超高速かつ高効率の光誘起相転移の発現が期待される。
そのような光誘起相転移の代表例に分子性結晶の中性―イオン性転移がある。これは、中性のファンデルワールス結晶に光を照射したとき、集団的な分子間電荷移動が起こり、イオン結晶に過渡的に転移する極めて興味深い現象である。この光誘起中性―イオン性相転移の観測には、フェムト秒レーザーを用いた時間分解分光が用いられる。しかしながら、光誘起相転移が起こる過程での超高速の電荷やスピンのダイナミクスの実時間観測は、非常に高い時間分解能を必要とするためにこれまで殆ど行われていない。本研究では約10フェムト秒(1フェムト秒
= 10-15秒)の時間分解能を有する過渡分光測定系を最適化し、分子性結晶の光誘起中性―イオン性転移における集団的電荷移動過程の実時間観測を行う。
「高強度テラヘルツパルスを用いた高速物性制御の研究」
テラヘルツパルスとは、時間幅約1ピコ秒の単一サイクルから数サイクルの電磁場パルスのことである。本研究室では、最大約500 kV/cmの電場尖頭値のパルスの発生に成功している。この電場強度は、空気の絶縁破壊の閾電場を遥かに超える強電場である。本研究では、そのような強電場パルスによって誘起される新しい高速スイッチング現象や相転移現象を開拓する。具体的には、以下の研究を行う。
(1) 高強度テラヘルツパルスによる絶縁体―金属転移の研究
電子間のクーロン反発の効果でギャップが開いたモット絶縁体である遷移金属化合物において、高強度テラヘルツパルスを照射し、その強電場で誘起されるトンネルイオン化過程を利用した新しい原理に基づく高速絶縁体―金属転移現象を実現する。
(2) 光パルスとテラヘルツパルスの二重励起による高速物性制御法の開発
本研究では、物質に光パルスとテラヘルツパルスの両者を照射することによって、光パルス、テラヘルツパルスそれぞれ単独では到達できない新しい過渡的電子状態を生成することを目的とする。まず、反強磁性電荷秩序絶縁体状態にあるマンガン酸化物において、光励起でキャリアを生成し、テラヘルツ電場パルスでそれらを加速することにより強磁性金属状態への転移を誘起することを目指す。計画が順調に進行すれば、常誘電体の光励起状態の双極子モーメントをテラヘルツ電場パルスで整列させることにより、過渡的強誘電状態の生成を行う。
(3) テラヘルツポンプ-テラヘルツプローブによる電場誘起新電子相の開拓
本研究では、高強度テラヘルツパルスで誘起した電子相の性質をテラヘルツパルスでプローブするための過渡分光測定系を新規に構築する。それを用いて、ナローギャップの有機モット絶縁体を対象として、テラヘルツ電場誘起超伝導の探索を行う。また、磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイクス物質(ビスマスフェライト(BiFeO3)、ヘキサフェライト(Ba2Mg2Fe12O22))において、
それらに特有の素励起である電場で誘起されるマグノン(エレクトロマグノン)を高強度テラヘルツパルスで励起し、スピンダイナミクスの実時間観測を行う。